日常をちょっと斜めから・・
by aruku-aruku
メイド・イン・カッシーナ展 2009.4.24FRi.-6.7SUN. 森アーツセンターギャラリー 六本木ヒルズ森タワー52F
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 一気に上げてしまいます。クスコからプーノへのバスの旅、目指すはティティカカ湖です。ペルーとボリビアの国境に位置するティティカカ湖は海抜3890mにあり、その広さは琵琶湖の12倍。汽船が航行する湖では世界最高地点にあります。ここでは、インカ時代に賤民として追われた人々や、スペイン人に追われたウル族の人々が湖に逃げ、トトラと呼ばれる葦を積み重ねた浮島で生活をしている。トトラを切って3mほど積むだけで出来上がる浮島だが、水に浸かっている部分が腐れば新しいトトラを重ねていく。島は6畳ほどの小さなものから700人が生活する大きいものまで40ほどの島があるそう。そのひとつウロス島には学校や教会まである。画像は島の人たちが集まって朝食をしていている様子です。
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by aruku-aruku | 2006-01-28 21:51
 クスコからプーノへはアンデス山脈の高地を移動することになります。最高地点はラ・ラヤ峠で4335m。ここから望む冠雪の山々はいずれも6000m級の高山です。今回はバスでの移動でしたが、平行して列車も走っておりラ・ラヤ駅は定期列車の走る駅では世界最高地点駅です。(定期列車の通らない駅では標高4800mのティクリオ駅。リマ〜ワンカーヨ間の駅で、やはりペルーにある)。クスコ〜ブーノ移動は列車で10時間の旅、バスでは少々時間短縮出来るが、いずれにせよラ・ラヤ峠でしばらくの休憩時間がとられます。峠にはみやげ物屋が並び、インディオの子供も今日はお手伝い。
 なお、ここの4335mは今回の旅での最高地点。そして、私の人生経験でも最高高度記録になりました。時々深呼吸をして、激しい動きを避けるなど注意しなければなりません。酒に強い人は高山病にも強いと聞きましたが・・どうでしょうかね。
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by aruku-aruku | 2006-01-28 10:36
 ペルーのおみやげというと先ずアルパカの毛で作られたふわふわのセーター、マフラーなどだが、アルパカは4000m以上の高地で放牧されている。クスコ〜プーノは410kmのバス移動、途中の休憩時にアルパカの赤ちゃんに出会った。生後1週間、哺乳びんでミルクをもらっていたが結構大きく、成長は早いようです。ミルクをやっているのはインディオの女性ですが、日本人とそっくりですね。
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by aruku-aruku | 2006-01-28 10:04
 歴代インカ帝国の建てた神殿や宮殿の石組みは「カミソリの刃も通さない」といわれるほど重厚なものであった。スペインの征服者はインカ帝国の建造物をことごとく破壊し尽くしたが、この礎石だけは容易に崩すことが出来ず、この上に自分たちの建造物を建てている。その後何回かの大地震でその建物は大きな被害を受けたが、インカの石組みだけはびくりともせず今もそのままの姿で残っている。鉄器を持たなかったインカの人々がどうしてこうも精巧な石組みを作り上げたのか・・・車輪を持たなかった人々がどうして巨石を運んだのか・・・これも謎である。裏通りでもインカの石組みが見られる。
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by aruku-aruku | 2006-01-27 18:58
 アンデス山脈標高3399mのクスコ、昔ここはインカ帝国の首都だったところ。スペイン人の征服者達によってインカは山奥へ追いやられ、インカの礎石の上に教会やペイン風建造物が建てられた。不思議な雰囲気がクスコには漂う。正面の教会はインカ時代のビラコチャ神殿の跡に建てられたカテドラルで100年の歳月をかけて完成したそう。
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by aruku-aruku | 2006-01-27 18:39
 ペルーのミラフローレス海岸公園には恋人が抱き合ってキスをしている大胆なモニュメントが置かれている。この公園は恋人達の公園とも呼ばれていますが、この大胆な発想はさすが南米ですね。この開放感が南米の魅力なのです。青い海に青い空、色鮮やかな花々・・海を望む公園は恋人たちでいっぱいでした。
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by aruku-aruku | 2006-01-27 14:32
 世界遺産に人気の集まる最近ですが、ペルーの世界遺産といえば「空中都市」「失われた都市」と呼ばれるマチュピチュでしょう。15世紀前半、スペイン軍がインカの都市を破壊しつくした時にも2400mの高地に作られたマチュピチュは見逃され、インカ帝国滅亡後400年を経過した1911年、ハイラム・ビンガムによって草に埋もれた廃墟として無傷のまま発見されました。
 当時インカ支配の各地にはインカ道と呼ばれる整備された幹線道路が造られていました。マチュピチュへもインカ道が通じており、今ではトレッキングコースとしてその一部が残っています。マチュピチュ付近には飛行場がないのでアクセスはクスコから114kmを鉄道で往復する方法だけです。クスコ駅発、早朝6時の列車はスイッチバックを何度も繰り返し終点アグアス・カリエンテス駅へ9時40分に着きます。そこからシャトルバスで20分、マチュピチュへ到着です。
 マチュピチュの総面積は5平方キロ,その3分の2が山の斜面を利用した段々畑の農地です。高い山の頂に精巧な技術で建造された建物の数々、ここだけがインカ都市の姿を残しており世界遺産に指定されています。
 笑い、そして驚いたのがマチュピチュのグッバイボーイです。帰り道のバスを「グッバーイ」と云いながら見送る少年がいます。バスは、日光のいろは坂のようなつづら折りの道を下って行きますが、その少年はカーブを曲がるたびに姿を現します。坂道をショートカットして駆け下りていくのです。そして「グッバーイ」とバスを見送ります。いくら何でももう無理だろうと思っていると、次のカーブで「グッバーイ」。結局十数回のカーブ全てに姿を見せ、あまりのけなげさに乗客がチップを渡すという次第。チップ稼ぎに走り学校へ行かなくなるので一時禁止令が出たようですが、この日は見事復活していました。
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by aruku-aruku | 2006-01-27 02:50
 ただいま!で〜す。みんなにどうでしたか?と聞かれますが、何から話したら良いか迷ってしまいます。少しずつ書いていきましょう。
 ペルーの首都リマまで片道24時間近くかかりました。関空からロスまで11時間、ロスからリマまで南へ下がって8時間半。アメリカは警備が厳重でトランジットでも一度入国、再度出国手続きをします。荷物も一度受け取って、自分の手で出国のための検査へ。この面倒な手続きと待ち時間が4〜5時間というわけです。
 24時間の移動、時差14時間、最高度4000Mへの旅は楽しく過酷でした。気候ですがペルーは今真夏です。ペルーのホテルでは夏休みということもあって家族連れがプールで遊んでいました。しかし飛行機で1時間半ほどのアンデス山脈地域、クスコでは長袖シャツに厚手のセーターが要ります。そこから見える5000M以上の山は万年雪が積もっています。雪というよりあれは氷河でしょうね。そしてリマなど太平洋に面した海岸地域では乾期、アンデス山中など山岳地域は雨期となっています。年中の気候が体験できる珍しい国です。10日ほどの旅でしたが着るものは大変です。関空まで着ていった厚手のコートが「荷物になるなあ」と思っていましたが役に立ちました。南米、赤道直下、ペルー、真夏、Tシャツ・・の発想で出かけたらえらいことになる国です。
 そんな国でのおもしろ体験はいろいろありましたが、子供の頃から行きたかったナスカの地上絵を見た時は感激でした。6人乗りのセスナで上空から1時間半ほど眺めるのですが、なんとCO-PAI(副操縦士)席に座らせてくれたのです!。古代に描かれた多くの地上絵や引かれた数々の直線は未だに定説がなく謎だそうですが、宇宙人の仕業という説があります。どうせ分からないのならそう解釈した方が夢がありますね。「このまま小さな飛行機に乗って宇宙人に会いに行けないものかなあ」そんな思いで揺られていました。
 PCは持って行ったのですが、やはり環境が整備されていないのと、深夜ホテルへ着き、早朝6時出発などの旅程で開けませんでした。帰ったらメールが250通来ており、迷惑メールの駆除から返事までもう大変、徹夜が続いています。昼間うとうとしていますが、これじゃ時差呆けが更に悪化しそう。危ない状況です。長くなりましたがナスカで乗ったセスナ機の画像でもアップしておきましょう。今夜はこのあたりで。
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by aruku-aruku | 2006-01-26 01:35
 年始ちょっと忙しくしておりまして、間が空いてしまいました。しかし明日からもっとご無沙汰となります。念願のペルーへの旅なのですが、みやげ話を持って帰れたら良いなあと思っています。パソコンも持って行きますので、ホテルの接続環境が整っておれば現地送信できますね。スイスもそうでしたが、海外は結構ランクが上のホテルでも日本で想像するような設備はありません。うまく繋げれば嬉しいのですが。時差は14時間なので日本の正午が、ペルーでは前日の午後10時となります。高山病に注意するよう驚かされていますが、気圧の関係でアルコールの回りは早いそうです。少しの量で十分酔えるなら安上がりだ!。リマまで乗り継ぎ時間も含み24時間の旅ですが、飛行機好きの私には楽しみであっても苦でありません。それじゃ、ちょっと出かけてきます。
by aruku-aruku | 2006-01-15 01:50
 「そうだそうだ・・・」というテレビコマーシャルを聞いて思い出しました。私が子供の頃、こんな唄を子供仲間で歌っていました。わらべ唄というのでなく「地口(じぐち)唄」というものだそうです。地口は語呂合わせの意味だとか。「そうだそうだ ソーダ村の村長さんが ソーダ飲んで死んだそうだ 葬式饅頭くれないそーだ」 京都に住む私がみんなと歌っていたものです。各地で歌詞が微妙に違うようですが、みなさんの土地ではどうなのでしょうか?教えてくださいますか。我が家の子供もこう覚えましたので、孫たちも当然このように歌っています。中にはそんな唄は聞いたこともない!?という方もおられるでしょうね。伝承歌は不思議ですね。誰かがどこかで、最初に歌ってそれが口伝てにどんどん広がっていく。マスメディアの現在には、かえって強力な宣伝方法かも知れませんね。そうだ!新年そうそう葬式の話ですみませんでした。
by aruku-aruku | 2006-01-03 20:47